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高松高等裁判所 昭和47年(行ス)2号 決定 1972年8月21日

抗告人

水口静夫

水口香

両名代理人

藤原充子

相手方

高知市

代表者市長

坂本昭

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

抗告人らは、「原決定を取消す。相手方が抗告人水口静夫、同水口香に対し、昭和四六年一二月一八日付(E、一四七―六号)をもつてなした仮換地指定処分の執行は、右当事者間の高知地方裁判所昭和四七年行(ウ)第一号仮換地指定処分取消請求事件の判決確定に至るまでこれを停止する。」との裁判を求め、その理由は、別紙に記載のとおりである。

よつて、判断するに、行政事件訴訟法二五条にいわゆる回復困難な損害とは、原状回復またはこれに代る金銭賠償が不能ないし困難な場合の損害のみならず、たとえ終局的には金銭賠償が可能であつても、社会通念上金銭賠償をもつて受忍させるのが相当でない場合の損害を含むか、一方原状回復それ自体は不能ないし困難であつても、これに代る金銭賠償をもつて受忍させるのが相当である場合の損害は、右にいわゆる回復困難な損害に該らないと解すべきであり、また、原状回復が困難であるとは、将来本案の勝訴判決が確定した時において処分、処分の執行又は手続の続行により実現された結果を除去して処分、処分の執行又は手続の続行のなかつた時の原状に回復することが無意味ないし困難であるとか、事実上不可能であることをいうものと解すべきである。

これを本件についてみるに、疏明によれば、(1)建設省は、昭和四〇年頃、高知市高須地区内に国道五五号線のバイパスを開通させる計画を樹立し、近くこれを実現させることにしているところ、右高須地区は、従来から農村地帯であつて都市の基盤がなかつたが、最近無秩序な宅地化が進み、将来右高須地区内に前記バイパスが開通すればさらに付近一帯の宅地化に一層の拍車がかかり、そのまま放置すれば整然とした市街地化は期待できない状況にあること、右高須地区の西方の下知地区までは適正な市街地となつていること等諸般の事情から、相手方は、右高須地区は勿論のこと、高知市全体の将来の発展のために、右高須地区内における本件区画整理事業の施行計画を樹て、昭和四五年一〇月高知県知事の認可を受けた上、本件区画整理事業を行なうため、昭和四六年一二月抗告人らに対し、抗告人ら各所有の別紙第一、第二目録記載の上段の各土地につき、同目録下段の仮換地を指定して本件仮換地処分をしたこと、(2)しかして、本件区画整理事業は、右高須地区のほぼ中央を縦貫する国道五五号線のバイパスを基幹道路とし、その他補助幹線道路および区画街路を効果的に設け、排水路、公園等についても、浸水の防止、児童の遊び場、一般市民の憩いの場を設けることを目的として適切かつ効果的に設けることとなつており、本件仮換地処分を前提として右区画整理事業が施行されれば、その計画に従い、本件仮換地の従前の土地である抗告人ら各所有の別紙第一、第二目録記載の上段の各土地の田のなかに道路および用排水路が設置され、また池沼は埋められて農地および道路などにされること、(3)そして右の如き道路および用排水路が設けられ、池沼が埋められれば、将来本件仮換地処分取消の本案判決が確定した場合に、右道路、用排水路等を除却するなどして、抗告人ら所有の従前の土地を以前の水田又は池沼に回復することは、社会通念に照らし、一応困難といえること、以上の如き事実が一応認められる。

しかしながら、右原状回復されないために蒙る抗告人らの損害は、別紙第一、第二目録記載の上段の土地を以前のままの状態で利用できないことによる損害であつて、単なる財産的な損害と解すべきであるから、抗告人らがこれによつてその生活の基盤を失うようなことになるのであれば格別、そのような疏明のない本件においては、金銭賠償が可能であり、かつ、金銭賠償をもつて受忍させるのが相当であるといわなければならない。また、本件仮換地処分の結果、抗告人らは本件仮換地のみを使用することができ、従前の土地である別紙第一、第二目録上段記載の土地を使用することができなくなるけれども、右による損害は、仮換地処分の結果通常一般的に生ずる損害であつて、かかる損害自体は、行政事件訴訟法二五条にいわゆる損害には該当しないと解すべきであるのみならず、右の如き損害は金銭賠償が容易に可能なものであるといわなければならない。もつとも、抗告人らが右従前の土地を使用できないことにより、右通常損害を超えてその生活の基盤を奪われる等精神的又は経済的に特に著しい異常損害を蒙る場合には、例外的に抗告人らに回復できない損害が生ずると解する余地もあるが、この点についての疏明は何等ない。却つて、疏明によれば、抗告人水口静夫は、抗告人水口香の養父であつて、抗告人ら養親子は同居して合計約3.6ヘクタールの田畑を耕作している裕福な農家であるところ、本件仮換地処分の対象となつた従前の土地は、合計約1.2461ヘクタール(うち池沼が七七九平方メートル)であつて、全体の耕作地の約三分の一に過ぎないこと、したがつて、抗告人らは、本件仮換地処分によつて従前の土地使用ができなくなつても、他の耕作地から挙がる収益をもつてその生活を維持することが充分できるのみならず、本件仮換地においても一応の耕作は可能であるから、本件仮換地処分により、抗告人らの生活が破綻するようなことは全くないことが一応認められる。なお、抗告人らは、本件仮換地の用水および排水設備は不充分であり、また新たにつくられる道路と本件仮換地との間に高低の差があつて農耕に不便であるなど種々の理由を述べて、抗告人らに回復できない損害が生ずると主張しているが、上記に述べたところから明らかなとおり、右抗告人らの主張する事実によつて本件仮換地から充分な農業収益が挙げられないとしても、このことによる損害は、金銭賠償によつて容易に償い得る損害であつて、回復困難な損害ではないというべきであるから、右抗告人らの主張は採用できないし、他に抗告人らが本件仮換地処分により回復困難な損害を蒙ることを認め得る疏明はない。

そうだとすれば、本件仮換地処分により、抗告人らに回復困難な損害が生ずるとは認め難いから、本件執行停止を求める抗告人らの本件申請は理由がなく、これを却下した原決定は結局相当であつて、本件各抗告は理由がない。よつて、民訴法四一四条三八四条により本件各抗告を棄却し、抗告費用は抗告人らに負担さすべきものと認めて、主文のとおり決定する。

(加藤竜雄 後藤勇 小田原満知子)

別紙・抗告理由書、第一目録、第二目録《省略》

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